研究レポート

<研究レポート16>

心身合一から天人合一へ ~バランスを取りながら生きる~

本部水曜中級教室・大口同好会
四段     西 祐美

★はじめに
 コロナ禍で今まで当たり前にこなしていた活動が制限され、立ち止まって日常生活のあり様について考える時間ができました。 気功への取り組み方にも変化があったように思います。
 そのような状況下、オンラインという新しい試みで開催された「禅×21 世紀」研修会、基本理論研修会は、私に多くの学びを与えてくれました。 今回研究レポートを書くにあたり、中でも特に深く胸に響いた【気功の根本思想は《心身合一》である】をテーマとして、様々な角度から考察を試みたいと思います。

1. 『重力との合意』その1~三木成夫
 いつのことか、解剖学者三木成夫の著作に『動物の中で人間だけが重力と合意することによって直立二足歩行を始めた』という文を見つけた時から 『重力との合意』という言葉が脳裏に焼き付いて離れなくなりました。
 重力に合意して立つとは? そのための“正しい形”があるということ?  “正しい形”であれば“安心して”立つことができる? “安心して”(リラックスして)立つことができれば上半身の力が抜け “上虚下実”となる? そんな考えが連想ゲームのように次々と頭に浮かび、無極静功が目指す“高度な心身のバランス”とはこういうことだったのでは?と考えるようになりました。
 確かに、重力に逆らわず(頑張らないで)樹木のように大地に根を張り、天に向かってスッと伸びるイメージで立つと意識は自ずと静かになっていきます。 普段は重力のことなど忘れて暮らしていますが、練功中は、微細な意識の変化でバランスが崩れ急に身体の重さを感じたり、逆に突然からだが軽く感じられたりすることがあります。
 心身共にバランスのとれた良い形とは、まさしく『重力との合意』ができている状態のことなのではないでしょうか。 うまく“重力と合意”できるようになれば、身体はより軽く感じられ、疲れにくくなるに違いありません。

2. 『重力との合意』その2~養生12法“拝仏式”を通しての考察
 “拝仏式”は、站椿功の中でも三円式と比べて中心(軸)感覚がはっきりし、身体の上下のつながりを感じやすい(重力を感じやすい)功法です。
 “重力と合意”するためには、天と大地(地心)の間に軸を立て、そこにリラックスして在る(存在する)ことが必要ですが、私は長い間“拝仏式”でリラックスすることが難しく、 あまり好きな功法ではありませんでした。
 長年の偏った使い方によって硬直している部分が身体の自然な連動を阻止し、形を作ろうとすると力が入ってしまうこと、また、意識が中指に集中し過ぎると“頭頂要軽”を忘れ、 “膝蓋対足尖”に囚われると“尾閭対足跟”が崩れる…といったような意識の偏り(頑張り?)によって緊張が生じていたことが原因だったように思います。
 『重力との合意』という言葉にインスピレーションを受けてからは、「正しい形(姿勢)を整える努力をしたあとは、重力を受け入れて(まわりの空間に身をゆだねて)リラックスする」 といという意識で練習するようになりました。
 具体的には、まず地心から百会まで体の中心軸を通すために“尾閭対足跟”“掖胯斂臀”“頭頂要軽”“収顎蔵喉”を確認、次にその軸を崩さないよう“両肱円”と“襠開要円”に気をつけながら 拝仏式の形を作ります。重力に抵抗し頑張るのではなく、出来上がった“形”全体で重力を受け入れるような感じです。
 腰を中心に尾骶骨から踵、湧泉を通って地心へ、背筋から百会を通って天へと、上下に分かれていく軸の感覚を保ちながら呼吸が深まっていくのを観察します。 リラックスしていくに従って意識は静まり、下丹田が充実し、中丹田は開かれ、より良いバランスを取るための細部への気づきが身体の中から自然と働き出してくるように感じられます。

公園の木陰で














      公園の木陰で


 “拝仏式”は『重力との合意』を感得するのに大変良い練習方法です。意識の持ち方を工夫することによって“形”を整え、 “重力を受け入れる”という謙虚な気持ちで深く静かに練功を続けていけば、いつか【心身合一】の状態でまわりの空間とつながっていくこと(天人合一)も夢ではないと、 最近ようやく確信できるようになってきました。

3. 『動中の工夫は静中に勝ること百千億倍す』~白隠禅師
 “常にバランスを取り続けながら重力と合意する”とはどういうことだろう?と思いをめぐらせていた頃、白隠禅師の『動中の工夫は静中に勝ること百千億倍す』という言葉と出会いました。 「一日の中で自分のなすべきことに優劣をつけずに、「静中」の坐禅、「動中」の作務(日常生活)、どちらの修行も純一に励む」という“心の工夫”を修行僧に向けて説いていますが、 「坐禅の時だけ修行して精進した気になっていても、作務を怠けているようでは本当の修行は深まらない」という戒めの言葉でもあります。
 私の場合、「静中」は練功、「動中」はフルート演奏に置き換えられるのではないかと思いつき、『動中の工夫』に取り組み始めました。

 フルートを演奏する時に生じる様々な困難は、練功している時と同じように、刻々と変化する状況の中でバランスを取り続けていくことの難しさだと思います。 そこで、まずは形から見直すことにしました。尾骶骨を踵に合わせ、肩が鼠径部に預けられている状態を保つように気をつけると、身体は上下につながり力みが抜けていきました。 “両肱円”を意識し腕の力が抜けると指はスムーズに動き、より安定したバランスで楽器を支えられるようになりました。
 正しい形を維持しながら息を吐き続けると、軸は細くなり、身体が上下につながる感覚が増します。息を吸う時に“尾閭対足跟”を意識すれば、 足裏から体の中心を通って指先まで空気で満たされるような充実感があり、次の呼気で音は空間へと広がっていきます。まるで楽器を持って練功しているみたいに!
 このように、無極静功の“24の姿勢のポイント”“五対”“三弓”“一円”“六要訣”すべてを通してフルート演奏を見直していくことが、 無極静功の本質をも明らかにしていってくれるのではないかと感じています。

 吐く息には強弱があり、指は絶え間なく動き、音楽は始まったら終わるまでとどまることなく流れ続けていきます。 そのような不安定さの中、より良いバランスの状態を取り続けいく“動中の工夫”は、練功における“静中の工夫”と相まって、より深い部分でのつながりを気づかせてくれるのかもしれません。 “動中”とは動き続けていること、変化し続けていくこと、すなわち“生きている”ということ。生物学者福岡伸一が提唱する『動的平衡』という概念も思い起こされます。

 無極静功と出会って練功を続けているうちに、人前で演奏する時でも、緊張して心身ともにコントロールできなくなってしまうことが少なくなってきました。
 舞台上で不安に襲われた時、頼りにできるのは“形を整える”という無極静功の基本です。まず形を整えることに注意を向ければ、自然と意識が静まり緊張がほぐれ、 コントロールしやすい状態になっていきます。練功やフルート演奏に限らず日常のあらゆる状態においても、“より良いバランス”を取り続けながら“形を整え”“意識を静め”ていく 『動中の工夫』は【心身合一】へ通じる確実な道であると白隠禅師の言葉から教えられました。

4. 『あるべきようは』~明恵上人
 ずっと昔のこと、河合隼雄の「明恵 夢を生きる」を読んで以来、明恵上人が座右の銘としていたと言われる『あるべきようは』の言葉が(その意味をよく理解していたわけでもないのですが) 常に頭の片隅にありました。時々思い出しては、何が“あるべき”なのか… 心の持ちよう? 志の高さ? 正しい行動? など漠然と考えてきました。
 明恵上人の言われる『あるべきようは』は、その時その時の“あるべき”とは何であるかを問い続けて生きよ、という意味であって、ただあるがままに身を任せるのとは異なります。

 無極静功を学び始めて20年が過ぎましたが、薛先生から様々な教えをいただく中、この『あるべきようは』の答は無極静功にあるのではないかと思うようになりました。
 “あるべきよう”を「より良い“形”でこの地上に存在すること」「まわりの空間(人々・環境)と常に良いバランスでつながっている(調和がとれている)こと」と解釈すると、 【意・気・形】の協調をもって常に「より良いバランスは?」と問い続け、【天人合一】を目標とする無極静功の学び方、生き方こそが『あるべきようは』だと気づかされました。

大口教室の皆さんと
大口教室の皆さんと

5.まとめ
 私たち無極静功では、まず“形”を整えることから学んでいきます。それは、この地球上に“重力と合意”して存在するための“あるべき形”を学び直すということです。
 幼子は『重力との合意』を得て初めて立つことができます。成長と共に筋肉が発達すると様々な活動ができるようになっていきますが、 大部分の人は、いつの間にか当たり前にできていた『重力との合意』を見失い、重力に抵抗しながら頑張って生きているのです。
 無極静功には“姿勢(あるべき形)のポイント”がたくさんあります。これらの理論を道案内とし“正しい形”で“安心”“リラックス”して立つことを学んでいけば、 今からでも少しずつ『重力との合意』を取り戻していくことができるのではないでしょうか。

 私たちは、生きている限りどんな時も動き続けているので、『重力との合意』のあり方は刻々と変化しています。静かに練功している時でも、 「これで良し!」と意識が留まった瞬間に動きが抑制され“こわばり”が生じてしまうのです。
 常に“重力と合意”し続けるためには、“形を整える”“リラックスして空間に身を委ねる”という『動中の工夫』によって、刻々とより良いバランスへと変化していかねばなりません。

 その時その時の『あるべきようは』を問い続ける努力を、焦らず、頑張り過ぎず、地道に重ねていけば、徐々に【心身合一】の状態へ 近づいていかれるのではないかと思います。いつか、完全に『重力との合意』ができている“宇宙形”にまでたどり着けたとしたら、まわりの空間や人々、自然、宇宙、すべてのものと つながることのできる【天人合一】という高度なバランス状態を経験できる日が来るかもしれないと夢想しています。

          

2022年6月30日


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